大元密教とは

密教と顕教

人間と神と輪廻転生

帰依する存在

行について

行と日常生活

大元密教とは

 神界には自然神(自然そのままの力と智の働きかけるもの)と、人間界に幾十百千万回と多くの人間生活を経験し、人間界と大自然界を通しての体験により力づけ智慧〔ちえ〕づけられて、神格化された人格神とが同居しています。
 最高位の人格神は大自然神なる根本神と表裏一体となって活動するのであり、この渾然〔こんぜん〕一体である根本大神を、本教では

大〔だい〕 元〔げん〕 太〔たい〕 宗〔そう〕 大〔おお〕 神〔がみ〕

と呼んでいます。
「大元太宗大神」は、過去数度地球上にお生まれになっています。最後に人間として生まれ、教えを説いたのが大玄聖人で、大玄聖人が教主としてひらかれたのが、大元密教です。

密教と顕教

 宗教とは、神と人とのつながりを説く教え、あるいは人を神の世界に導く教えです。宗教は顕教(けんぎょう)と密教とに大きく分けることが出来ます。

 顕教は、神の教えを人が説く教えです。聖書、仏典、説法はすべて顕教になります。 一方、密教は、神の教えを神自らが人に伝えます。多くの宗教は、教祖の密教的体験から始まっています。 この体験はなかなか得ることができませんが、大元密教では、誰でも密教的体験をすることができます。

人間と神と輪廻転生

 人間は神の指導を受けつつ、※輪廻転生しながら、真に完成された存在を目指しています。真に完成された人間は神となります。つまり神は、人間の偉大な先輩なのです。
 しかし、私達は常に、良いこともすれば悪いこともします。過去の何百回かの人生における過ちの蓄積が、現在の自分の限界や欠点、悪い人間関係を創り出しています。正座観法行を受けることによって、これらの過去の「過ち」や「汚れ」を浄め、悟りを得て神に近づくことができます。

※輪廻転生 = 生まれ変わること

帰依する存在

 神秘世界は非常に素晴らしい世界ですが、非常に危険な一面を持っています。神秘世界を安全に探求し、自分を成長させるためには、絶対的な存在に帰依することが不可欠です。
 ですので、我々は、「大元太宗大神」ひいては教主である大玄聖人に帰依しています。

 行について

 正座観法行とは、読んで字の如く、正座して法(実相、真理)を観ずる修行法の意で、この行法によって、真の己れを知り、神を知り、そして真理を知るのであります。そして観法行の最終目的は、悟りを開いて神と一体になることです。
 その過程で、自らの病を治すだけでなく、他人の病気を治す加持力や、神の姿を見、神の声を聞く天眼天耳といった通力など、種々の神通力を受け、数々の神秘現象を体験するようにもなります。最終的には悟りを開き、即身成仏し、さらには、人にして神、神にして人なる神人一体の境地を体得するところまで行き得るのです。
 勿論、この最終段階に至るまでには長い時間を要するのでありますが、焦ることなく気長く続けることです。また、行の進行に応じ境地の転換が起こり、それまで人間的努力ではなかなか出来なかったことが、いとも容易にできるようになるのは、これも行の功徳の一つであります。
 いくつかの基本と絶対条件および注意事項があります。これらは入門された方に教示します。自宅での独り行は、行の乱れが起こり易いので固く禁じられています。

行と日常生活

 日常生活で、私達は絶えず大小の失敗をし、過ちを犯し、自然の理法から外れた行動をしがちであり、時に自分のそうした過ちすら気づかずにいることが多いです。こうした知らずに犯している小さな過ちの積み重ねが、いわゆる「」として私達の霊体を汚し、心に偏りを作る因ともなりますが「正座観法行」を行う中で、行中にその汚れが浄められ、「業」 が祓われて行きます。
 また、日常生活での反省がより広く行き届き、またより深くなり、これまで気づかずにいたことにもよく気づくようになります。
 それが即「」にも反映し、「行」の段階を高め、その境地を深めるのに大きく寄与することに なります。このようにして、「行」と「日常生活での努力」とは相補いかつ助け合って、人格および霊格を向上させて行きます。